クルマ好き・ロードスター乗りの四方山話。サイバーロードの交差点と言ったところでしょうか。。。
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これに異論をはさむと、「この期に及んでおまえは原発推進者か!」と犯罪者扱いを受けかねない踏み絵みたいなもんだろう。
さすが、政治主導! 自らの到らなさを認めず、成果を意気揚々に伝えたい・・・小さな人間のやりそうな段取りだ。
浜岡原発の地元自治体、中部電力、サポートに回るであろう関西電力・・・日本経済への緻密なシュミレーション。。。一切行わず、これぞ「首相の政治決断」と勘違いしてるのだろう。
今回の震災以降の原発問題を考えるに、ワタシ自身は、受動的原発推進者と認識するにいたった。・・・今更ながらですが。
で、そのワタシも浜岡を停止を要請するのは大賛成です。・・・だから、この件が、菅首相にとって都合がよく、それ以外の人にとって複雑な状況を生み出してるんだろうと思う。
「最初に、大賛成ですが・・・いや、その、しかし・・・センセイ・・・」 何が言いたいのか分からんことになるわけで。
原発推進・廃止をそれぞれの視点でまず深く議論する必要がありますが、推進・廃止に関わらず、その論者が信用できるか否かの大きな判断基準を今回の事故で得たと思う。・・・特に、使用済み燃料がもたらした事故から。
それは、『最終処分場の建設・運用開始』が、どちらの立場にとっても、早急に解決すべき大問題だということ。こいつを真正面から話せない推進・廃止は、どちらも偽りに過ぎないということ。
既に稼動中の原発からでた廃棄物を安全・確実に保管する施設が未だに確定していないという不安全を議論に持ち出さないのは、結果的に偽りをはらんだストーリーだろう。
最終処分場(保管場)を受け入れてもらう議論は、推進・廃止 どちらの立場をとっても不可避なのだから。
このまま、受け入れ先なしで廃棄物を放浪させたり・・・原発の脇に”一時的に”というスタンスで、半永久的に貯め続けることは、どちらの立場をとっても無責任であり、今だからこそ、真剣に考える その時だ。
さて、受動的推進者・・・というワタシは、何を思って”推進”なのか? ちょっと弁明させて下さい(苦笑。
その1.既に原発が稼動しまくりで、廃棄物の監視も(現在の実用レベルの技術では)、数万年単位で必要だから。
ニワトリとタマゴですが、廃止しても数万年・・・いや、数億年? 面倒をみないといけない。
つまりは、クロマニヨン人が原発を夢にも見なかったように、、、悠久の時間を要する発電所をもう運用してるから。
そう、福島県とか日本とか・・・そういう小さい話でなく、原子力は手にした途端、たぶん夢にもでてこない将来の人類に託してしまったわけで、今、私たちが「辞めました」として、原子力に携わる人、企業に後ろ指をさし廃棄物の処理法の革新スピードが猛烈に遅くなるよりも、人類の英知が集まる研究開発が続く環境を維持するほうが、結局 低リスクだと思う。
将来の人類が新型原子炉を開発する可能性、放射線の半減期を劇的に減らす技術開発、はたまたその将来の人類は、南極から力技で廃棄物をマントルに打ち込むのかも知れぬ。
既に数万年監視のゴミがあるわけで、ホントに数万年にしないためにも、原子力推進というわけです。
もっとも、ゴミで埋まるリスクを回避するために、技術革新が織り込まれない原発の増設は反対、ナトリウムを使用する「もんじゅ」も想定外を収束させることができそうないので、この方向での開発はもう無いと。
今の現行の原発を廃止するためには、廃棄物の処理方法も含め原子力は推進すべし・・・うん、ニワトリとタマゴだな。核の平和利用技術の進展は、核兵器廃棄に一役買うわけだし。そもそもの目的である化石燃料依存のアキレス腱を補ってくれるわけだし、一石三鳥以上の価値がある。
その2.放射性物質があまりに危険で、民生に出回ってないから、管理できる。
広く民生に出回った、アスベスト、PCBはどうなってんだ? 放射線の影響よりも明確に人体への重大な影響が確定している物質であるが、あまりに広範に使用されたために、全てが分からないことが逆に、くさいものにフタをした状態。放置してしまってるのではないか?
PCBの保管者は? ・・・行方居不明? 処分技術があっても、もちろん反対にあうわけですが、じゃーそれきりで、大問題がハプンするまで放置しているのが現状でないか?
アスベストも・・・PCBと同じでしょう。
いやはや、山間(よりによって水源地帯)や、過疎の田んぼ脇に建設される産業廃棄物処分場、焼却場・・・見えないことをヨシとしてしまってたりは無いと祈りたい。・・・行政のチェックは本気ですよね?
という身の回りの寒い状況からすると、民生に出回ることがない放射性廃棄物は逆に悪意の怠慢さへ無ければ、管理できるに違いないと思う。 相対的に言うと、PCB、アスベストのリスクの方が高いのでないかと。
その3.”節電”と”太陽光”でやっていけると思っていない。騙されてる様な直感がする。
現代の都市文明は、「20年前レベルでよろしく節電ね!」で、ホントに産業・生活がまわるんだろうか?
東京の高層ビル群って、ペンティアムを冷やしたヒートシンクみたいに見えませんか?
高品質で潤沢なエネルギーの密集が大前提っぽいと直感的に感じる大都市(サイバー空間も含む)は、太陽光なんてぬるいもので回るんだろうか? シュミレーションは、本気でやってください!!
太陽光発電はコンクリートからの落ち葉拾いが重要な任務と思ってましたが、昨今の空気は、過大評価に振れているような気がします。
ぺんぺん草が茂る休耕地にメガソーラーなんて話も本末転倒だとおもってますし、、、将来の食料不足も人類の課題にて農業を再興すべきが筋であり、草を刈って、半導体のパネルを水で冷やしながら発電するメガソーラー・・・シュールだ。。。
以上、へそ曲がりかもしれぬが、こういった意見も含め広く深い議論が必要だ。
シンプルな賛成・反対の二者択一から答えを出す問題でない。
さすが、政治主導! 自らの到らなさを認めず、成果を意気揚々に伝えたい・・・小さな人間のやりそうな段取りだ。
浜岡原発の地元自治体、中部電力、サポートに回るであろう関西電力・・・日本経済への緻密なシュミレーション。。。一切行わず、これぞ「首相の政治決断」と勘違いしてるのだろう。
今回の震災以降の原発問題を考えるに、ワタシ自身は、受動的原発推進者と認識するにいたった。・・・今更ながらですが。
で、そのワタシも浜岡を停止を要請するのは大賛成です。・・・だから、この件が、菅首相にとって都合がよく、それ以外の人にとって複雑な状況を生み出してるんだろうと思う。
「最初に、大賛成ですが・・・いや、その、しかし・・・センセイ・・・」 何が言いたいのか分からんことになるわけで。
原発推進・廃止をそれぞれの視点でまず深く議論する必要がありますが、推進・廃止に関わらず、その論者が信用できるか否かの大きな判断基準を今回の事故で得たと思う。・・・特に、使用済み燃料がもたらした事故から。
それは、『最終処分場の建設・運用開始』が、どちらの立場にとっても、早急に解決すべき大問題だということ。こいつを真正面から話せない推進・廃止は、どちらも偽りに過ぎないということ。
既に稼動中の原発からでた廃棄物を安全・確実に保管する施設が未だに確定していないという不安全を議論に持ち出さないのは、結果的に偽りをはらんだストーリーだろう。
最終処分場(保管場)を受け入れてもらう議論は、推進・廃止 どちらの立場をとっても不可避なのだから。
このまま、受け入れ先なしで廃棄物を放浪させたり・・・原発の脇に”一時的に”というスタンスで、半永久的に貯め続けることは、どちらの立場をとっても無責任であり、今だからこそ、真剣に考える その時だ。
さて、受動的推進者・・・というワタシは、何を思って”推進”なのか? ちょっと弁明させて下さい(苦笑。
その1.既に原発が稼動しまくりで、廃棄物の監視も(現在の実用レベルの技術では)、数万年単位で必要だから。
ニワトリとタマゴですが、廃止しても数万年・・・いや、数億年? 面倒をみないといけない。
つまりは、クロマニヨン人が原発を夢にも見なかったように、、、悠久の時間を要する発電所をもう運用してるから。
そう、福島県とか日本とか・・・そういう小さい話でなく、原子力は手にした途端、たぶん夢にもでてこない将来の人類に託してしまったわけで、今、私たちが「辞めました」として、原子力に携わる人、企業に後ろ指をさし廃棄物の処理法の革新スピードが猛烈に遅くなるよりも、人類の英知が集まる研究開発が続く環境を維持するほうが、結局 低リスクだと思う。
将来の人類が新型原子炉を開発する可能性、放射線の半減期を劇的に減らす技術開発、はたまたその将来の人類は、南極から力技で廃棄物をマントルに打ち込むのかも知れぬ。
既に数万年監視のゴミがあるわけで、ホントに数万年にしないためにも、原子力推進というわけです。
もっとも、ゴミで埋まるリスクを回避するために、技術革新が織り込まれない原発の増設は反対、ナトリウムを使用する「もんじゅ」も想定外を収束させることができそうないので、この方向での開発はもう無いと。
今の現行の原発を廃止するためには、廃棄物の処理方法も含め原子力は推進すべし・・・うん、ニワトリとタマゴだな。核の平和利用技術の進展は、核兵器廃棄に一役買うわけだし。そもそもの目的である化石燃料依存のアキレス腱を補ってくれるわけだし、一石三鳥以上の価値がある。
その2.放射性物質があまりに危険で、民生に出回ってないから、管理できる。
広く民生に出回った、アスベスト、PCBはどうなってんだ? 放射線の影響よりも明確に人体への重大な影響が確定している物質であるが、あまりに広範に使用されたために、全てが分からないことが逆に、くさいものにフタをした状態。放置してしまってるのではないか?
PCBの保管者は? ・・・行方居不明? 処分技術があっても、もちろん反対にあうわけですが、じゃーそれきりで、大問題がハプンするまで放置しているのが現状でないか?
アスベストも・・・PCBと同じでしょう。
いやはや、山間(よりによって水源地帯)や、過疎の田んぼ脇に建設される産業廃棄物処分場、焼却場・・・見えないことをヨシとしてしまってたりは無いと祈りたい。・・・行政のチェックは本気ですよね?
という身の回りの寒い状況からすると、民生に出回ることがない放射性廃棄物は逆に悪意の怠慢さへ無ければ、管理できるに違いないと思う。 相対的に言うと、PCB、アスベストのリスクの方が高いのでないかと。
その3.”節電”と”太陽光”でやっていけると思っていない。騙されてる様な直感がする。
現代の都市文明は、「20年前レベルでよろしく節電ね!」で、ホントに産業・生活がまわるんだろうか?
東京の高層ビル群って、ペンティアムを冷やしたヒートシンクみたいに見えませんか?
高品質で潤沢なエネルギーの密集が大前提っぽいと直感的に感じる大都市(サイバー空間も含む)は、太陽光なんてぬるいもので回るんだろうか? シュミレーションは、本気でやってください!!
太陽光発電はコンクリートからの落ち葉拾いが重要な任務と思ってましたが、昨今の空気は、過大評価に振れているような気がします。
ぺんぺん草が茂る休耕地にメガソーラーなんて話も本末転倒だとおもってますし、、、将来の食料不足も人類の課題にて農業を再興すべきが筋であり、草を刈って、半導体のパネルを水で冷やしながら発電するメガソーラー・・・シュールだ。。。
以上、へそ曲がりかもしれぬが、こういった意見も含め広く深い議論が必要だ。
シンプルな賛成・反対の二者択一から答えを出す問題でない。
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